今朝の新潟市小針の天気は晴れ
土曜・日曜とブログ書く暇がありませんでした。
土曜日は真宗セミナー公開講座。
日曜日は小針小学校の作品展とバタバタしておりました。
真宗セミナーは新潟ではテレビでもお馴染みの
青綾大学の心理学の教授、碓井真史先生をお願いしました。
青少年の犯罪について詳しい先生です。
講題は『普通の家から「りっぱな家」になってから』
今は、うちの子に限ってそんな事件を起こすはずがないという親の思いが
うちの子ももしかしたら何をしでかすかわからないという時代になりました。
そこにはみんなが「りっぱな家」を求めている。
りっぱな家とは何でしょう?いい学校、いい会社に勤めること?
何かをはきちがえて「りっぱな」ということを考えているというお話でした。
先生はプロテスタントだそうです。
浄土真宗の「悪人正機説」とキリスト教の「原罪」は似ているというお話から
恥じと罪についても教えてもらいました。
恥じを知るということと罪の自覚には大きな違いがあるのだと。
恥ずかしいと思うのはまだ消極的で
罪の自覚ということになって積極的な生き方がはじまるのだと。
恥じをかいて「死んでやる!」から「誰でもいいから殺してやる!」
となるのが最近の無差別事件の傾向だそうです。
現代は恥すら隠そうとする。自分もそう親もそう。
勉強はできても、恥をかいたところでその対処方法がわからない。
人は恥をかいても、その積み重ねが罪の自覚になるのだとも教えてもらいました。
そこに、何とか「人のため」に「自分のため」に生きなければならない
という意識が生まれてくる。
でもその背景には無条件の愛というものがある。
それは神とか仏という存在であるとも教えられました。
心理学でも最終的には神とか仏というところに行きつくということですが
それを論証しなくてはならないために、
そこまでつっこんで心理学は進んでいないそうです。
自分の我執や思い計らいをひとまずさし置いておいて、
お寺で、仏様の前でそういうお話を聞けるということが大事なのでしょう。
公民館とか学校とか、公共の施設で聞くお話はいっしょでも
お寺を公開して講座を聞かせていただく、それが大事なことだと思います。
ズッコケ住職